林間学校の管理者

4話 2日目後半

あの尾張由里香と名乗る少女、彼女に対する既視感の正体がわかって、なんだかすっきりした気分だった。僕は過去に一度、彼女の体を切り刻んでいる。そしてその死体が、あの桜の木の下に埋まっている。

しかし、生きている彼女と、死んでいる彼女、その二人を、どう扱うべきだろう。彼女たちは同一なのだろうか?もしくは、死体は彼女の一部なのだろうか?

一つ疑問が解決すると、次の疑問が生まれてくる。休まることなく続く思考。しかしそれに構っていないで、仕事をしなければいけない。僕はただの所有物で、命令に逆らうことなどあり得ないのだから。

食料と薪の搬入が終わり、どうやら生徒たちの夕食も終わったようなので、かまどの点検をすることにした。もうかなり日が落ちて暗くなっているので、懐中電灯を片手に作業をする。かまどの点検をするときはいつもかまどに割り振られている番号で順番を決めてやっている。 6番、3番、2番、1番、4番、5番。これがいつもの順番だ。当然この順番が移動距離を最短にできるからだが、それと同時に順番を決めておくことで確認のし忘れを防げる。特にこういう暗くなっている時には、あたりを見渡して確認することができないので、順番が重要になる。

まずは6番。綺麗に燃え残りを掃除してある。かまどに手を当てて温度を確認する。炊事の後なのでかなり暖かい。すこしホッとする気分だ。次に3番、2番、1番、4番、5番と同じように点検し、かまどに手を置いて確認する。よし、全て問題なし。かまどの確認が終わったので、次の仕事に行くことにした。

その後いくつかの仕事をして、日誌に記入し、僕の所有者である熊野美智子の下へ向かった。

「おー、出雲おつかれさま。今日はどうだったい?」

いつもと同じ言葉と、いつもと同じ作り笑いで美智子が僕を出迎える。

「どうもこうも、いや、ちょっとした問題がありました。」

「ん?ちょっとした問題って?」

「あの二人、高千穂やよいさんと、尾張由里香さんが、桜の木の方に来たんですよ。アレが埋まっている。」

「ほう、で、ちゃんと隠し通せたのかい?」

「ええ、まあ、元の場所に戻りなさいと言ったら、ちゃんと戻りました。」

「そうかいそうかい、それはよかった。あ、そうだ、ソレのことだけど、ちゃんと日誌には書いてくれたかい?」

「え?ああ、はい。」

僕が日誌を差し出すと、彼女はパッと掴み取り、ページを開く。

「ああ、うん…こりゃずいぶんとまた…」

ボソボソと呟く彼女をぼーっと眺めながら立って待つ。彼女がぱたんと日誌を閉じて、僕に向き直る。

「ねぇ、あんた、なにか言いたことない?」

突然投げかけられる漠然とした問い。何を言いたいんだ?と心の底を探ろうとする。しかし彼女の心の底がなんなのかの答えは出ない。出るはずがない。だから諦めて、そっとその場で湧いてきた純粋な気持ちを話してみることにした。

「死体って、誰の所有物なんでしょうか?」

「え?」

明らかに困惑している様子。質問の意図が届いていないと思い、言葉を重ねる。

「生きている人の体は、その人自身のものですよね?じゃあ、その人が死んでしまったら、その体は誰のものになるのでしょうか?家族のものでしょうか?」

彼女はうーん、と、少し唸ってから、ゆっくりと口を開く。

「死体が家族のものだとしたら、それは生きているときから家族のものなんじゃないか?でも人間は家族の所有物ではない。だから、家族の所有物ではないんじゃないかな。」

「じゃあ、誰の所有物なんでしょう?」

「誰のものでもない。誰のものになるべきでもない。私はそう思う。」

いつにもなく真面目な雰囲気で彼女は答える。

「なるほど…じゃあ、死んでいると思っているその人が、再び現れたら?」

「それは、生き返ったということ?」

「そうじゃなくて、そのままの意味です。」

「そのまま?ちょっとわからないや。でも、もし生き返ったとしたら、一度死体になってももう一度その人のものになるんじゃないかな。」

「なるほど…」

質問の意図に反する答え。納得のできない答え。しかしこれ以上詳しく質問の意図を伝える方法は、思いつかない。だからこれは一度保留にすることにして、違う質問をしてみることにした。

「そもそも『所有する』って、どういうことなんでしょうか?」

「ずいぶんと所有に興味があるみたいだね。」

いつものようなヘラヘラとした顔に戻り、彼女は言う。

「そうね、所有ねぇ。たとえば、それを使用できるとか、それを売却できるとかかな。あなたはどう思うの?」

急に質問を返される。僕はその場で思いついたことを言ってみた。

「…それを自由に壊せる、とかは?」

僕の放ったその言葉に、彼女ははっと目を見開いて、一息ついてから応答する。

「それはまた……。まぁ、それも一つの答えかもね。」

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