林間学校の管理者

1話 1日目前半

鬱蒼と茂った木々は夏の強い日差しでさえ遮り、一帯を薄暗くしている。特に建物の中なんかは、電灯をつけてもなお鬱屈とした暗さを蓄え込んでいる。ここは林間学校。県内の中学生はここでの数日間の生活を経験する。そして僕はここの林間学校の管理者、いや、管理アンドロイドだ。

さっきまで静かだった木々がザワザワとさざめきだした。いや、木々の音ではなく、中学生の喋り声だろう。ここにしばらくの間泊まることとなる生徒たちがやってきたのだ。生徒たちがちょっとした広間に集められ並べられる様子を、窓越しに見つめる。生徒たちは並べられてもなお、ざわざわとした声を発し続けている。すると先生と見られる女性がぱんと手を叩き、高らかに声を響かせて言った。

「はい!みんな静かに!大事な話をするから聞いてください!」

するとさっきまでザワザワとしていた生徒たちが一瞬で静まり返る。この光景は何回見ても、背筋に震えを覚える。生徒は先生に従順だ。まれに反抗的な態度を取る生徒もいるが、概ねは先生の言うことを聞くだろう。先生は説明を続ける。

「まずは先生の言うことをちゃんと聞くこと。森は危険なことがたくさんあります。指示に従わないと、死ぬこともあります。次に、使う場所を美しく保つこと。来た時よりも美しくし、ゴミなどは落とさないようにして、落ちているときは自分の出したものでなくても拾うこと。」

生徒は真面目に先生の話を聞いている。しかし生徒でなく、我々アンドロイドも、その所有者に対しては従順だ。命令は必ず聞くし、時にモノのように売買される。それは人間ではないのだから当たり前である。むしろ命令に従う義務のない人間たちは、往々にして責任というものを取らされ、呵責を受ける。それがないというのは、幸運であるとさえ思うことがある。先生は説明を続ける。

「最後に、管理者の言うこともちゃんと聞くこと。この腕章をつけている人は、この林間学校の管理者です。安全のためや設備を保つために、ちゃんと管理者の指示にはしたがってください。」

先生がかざしたそれは、僕の腕にもついている。しかし僕はアンドロイドであり、人に付き従う側だ。私の所有者からの命令でなければ、人に指図するなんてことはしない。なにしろ指図する側に責任が伴うのだから。

一通り説明が終わり、生徒がこちらの建物に入ってくるようだ。僕も一通り掃除を終えたところなので、玄関の方に向かい、生徒たちを出迎える。

「こんにちは!」

先頭を歩いてきたポニーテールの女子が元気よくそう言った。僕もこんにちはと挨拶をし返す。しかしなにか、違和感がある。あの子、どこかで見たような……。だが、そんな些細な違和感を消し去るほどの強烈な違和感が、横を通り過ぎた。

長い黒髪をたなびかせている少女から、モーターの駆動音がした。アンドロイドだ。

それはとてもおかしなことである。誰かの被所有物であるアンドロイドが、教育を受けるはずはない。もちろん業務に必要なことに関して教わることはあるのだが、中学のような広範な教育は、受ける道理がないのだ。憲法学者の間でも教育を受けさせる義務にアンドロイドは該当しないというのが一般的な考えであると聞いたことがある。だからありえない。ありえないのだが、今目の間をたしかに通り過ぎた。

確認しなければ、そう思って、少女の後を追って、手を捕まえた。少女がびくっと震える。しまった、怖がらせてしまった。

「あ、あぁ、ごめんなさい」

僕は咄嗟に謝り、手を離す。少女は驚いた表情であったが、困惑した表情に変わり、こう言った。

「あの、何か?」

用事は、そうだ、アンドロイドか確かめることであった。しかしなんと尋ねればよいのだろう。もしアンドロイドであることを隠しているのならば、今ここで聞くことはまずいのかもしれない。そんなことばかり考えてしまって、すっと言葉が出てこない。その様子を見ていた少女が、困惑した声色で、こう言った。

「あの、私、高千穂やよいって言います。」

いきなりの言葉に最初は理解が追いつかないが、それが次第に像を結んで、ようやく意味を理解する。彼女は自己紹介をしたのだ。

「あ、あぁ、こちらが名乗る前にすみません。私はここの管理アンドロイドのI-20です。所有者からは出雲と、呼ばれております。」

「出雲さん、ですね。」

彼女はじっとこちらを見上げている。僕も、彼女をじっと見つめ返す。いや、これは彼女の瞳の中に光学センサーがあるか確かめるためだ。カメラの絞りの機械的な動きを捉えるためだ。しかし目は自然とその周辺も捉えはじめる。つややかで女性特有の優しさを讃える頬、健康そのもののような血色の良くぷるんとした唇、まだシワが少なく美しい首筋、そしてすこし膨らみのある胸。ああ、なんて美しいんだろう。見惚れてしまう。

「あ、いたいた、高千穂さん、なにやってるんですか?」

ツンと張った女性の声で、ふっと冷静に戻る。声の主は先ほどの先生だ。見渡せば生徒はみんないなくなっていた。

「ちょっと、出雲さんに呼び止められて。」

高千穂さんは僕を紹介するような手振りをしつつ、そう答える。

「あら、高千穂がなにかしました?」

先生は僕の方に顔を向け、そう言った。

「いや、なんでもないです。私のちょっとした思い過ごしと言いますか。」

「そうですか、ならよかったです。じゃあ、行こっか」

先生がそう言って高千穂さんに目配せをすると、彼女は従順に従い、僕の下を去った。

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