林間学校の管理者

3話 2日目前半

午前中、僕は道の落ち葉を掃きながら、中学生の生徒たちの様子を見ていた。今は植物観察の時間のようで、ポケット植物図鑑を片手にあちらこちらで植物を観察している。あのアンドロイドと見られる少女、高千穂やよいも熱心に観察しているようだ。その彼女の隣に、もう一つ人影がある。その人影はポニーテールで、そう、あの最初に挨拶をしてきた元気そうな少女だった。どこかで見たことのある気がする彼女、いったいどこで見たのだろうか。

今日は夕飯に炊事をするらしいので、かまどの点検はその後に行うことになる。すると掃除が終わった後、次にやるべきことは食料や薪の搬入である。しかし搬入車がくるまでかなり時間がある。手持ち無沙汰で仕方がないので、あの桜のところへ行って、アレがどうなっているのか確認してみることにした。

中学生たちは植物の観察を終えたようで、炊事までのしばしの自由時間を、はじめに集められた広間の近くで自由に過ごしていた。その広間の横を抜けて、少し行ったところに、桜はある。桜といってもソメイヨシノではなくヤマザクラの一種のようで、ソメイヨシノほど絢爛な花を咲かせるわけではないのだが、春には太い枝にたくさんの花をつける。木自体がとても大きく、4人が両腕を広げてようやく囲えるほどのゴツゴツとした幹を持っている。根本のあたりは土が少し流れ出て空洞ができていて、その空洞の下の土を少し掘ってアレを埋めてある。

一度掘り起こして確認してみようとしたその時、二人の女子の声が聞こえてきた。

「由里香ちゃん、やっぱりやめようよ!先生も広場の近くだけって言ってたし。」

「やよいちゃんは心配しすぎ。大丈夫だって、ちょっとだけだから。それにね、こっちにある木に願い事をして人形を吊るすと、願いが叶うっていう噂があるの。だから行ってみようよ。」

まずい、こっちにくるようだ。止めなければ。でも、どうやって?と、とりあえずこの木の前かはら離れないように……そんな間にも、足音はどんどん近づいてきて、そして止まった。

「あ、出雲さん」

高千穂やよいが僕に声をかける。

「ああ、高千穂さん。こんなところに来て、どうしたのですか?」

当たり障りのない質問をして、どう追い返すか考える時間をかせぐ。

「私たちね!そこにある桜を見に来たの!」

答えたのは高千穂さんではなく、ポニーテールの少女のほうだった。

「桜って言っても、今は夏ですし咲いていません。なにを見に来たのですか?」

「この木に願いを込めて人形を吊るすと願いが叶うっていう噂があって」

「そうなんですか」

驚いたふりをして話を続けようとする。しかしもうタイムアップは近い。

「だから、木にもっと近づきたいの!」

ポニーテールの少女は何の屈託もなく答える。ああ、もうおしまいだ。この流れになってしまったらどうしようもない、と思ったその時、視界の端、ほんとうに端の部分がチカっと光った気がした。その方向をみると、それは自分の腕についている腕章だった。管理者と書かれたこの腕章。この腕章の効果を思い出す。先生は言っていた。「管理者の言うこともちゃんと聞くこと。」と。僕はその管理者なのだ。そう、僕が命令しさえすれば、彼女たちは、特に高千穂さんは、諦めて帰るだろう。しかしアンドロイドの自分が人に命令を?そんな不安が一瞬過ぎる。しかしもうこれしかない。声の震えを必死に抑えて言った。

「ダメです。元の広場に戻りなさい。」

「えー、なんで!!」

ポニーテールの少女は納得していなさそうだ。対して高千穂さんは、

「ね?管理者さんもこう言ってるし、戻ろう?」

と従順にいいつけを守ろうとしている。そんな彼女に説得され、ポニーテールの少女もどうやら諦めたようだ。

成功した。僕の言いつけを彼女たちは守った。成功した。他の誰かの利益を守るためでなく、自分の利益を守る行動に。成功した。今この時、私はあの先生と同等な権力を行使した。その実感が背筋を震わせ、僕の気を大きくした。

気が大きくなった僕は、その場を去ろうとする彼女たちを、もう一つくらい思い通りに動かしてやろうと思った。

「そうだ、そっちのポニーテールのお嬢さん、名前はなんて言うんですか?」

振り返る時の反動で振れるポニーテールが動きを止める前に、彼女は答える。

「尾張由里香。どう?いい名前でしょ?」

「ええ。」

名前を聞き出すことに、成功した。

危機は過ぎ去った。二人の姿はもう木々に隠れて見えない。僕はふっとため息をついて本来の目的に戻る。アレの確認だ。

桜の木の下に埋めたもの、それを丁寧に掘り起こす。すると強烈な匂いと共に、大量の虫が出てきた。それらの虫はアレの切断面に群れている。切断された棒状部位が8つ、大きな塊が3つ、その他に細々としたものがたくさん。塊の一つ、特に丸い形をしているそれをひっくり返す。そこには顔があった。見覚えのあるその顔が。土で汚れ、一部に血が溜まり、眼球から虫がでてきている。ひどく醜くなっているが、間違いなくあの顔だった。

尾張由里香、あのポニーテールの、元気な少女の切り刻まれた死体が、そこにあった。

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