メアとイブ

「おねぇちゃん、いつものあれ、やって…?」

妹のメアが火照った顔で私に懇願してくる。潤んだ瞳が真っ直ぐに私を見つめている。

「ええ、もちろん。」

あれ、とは、クーラント液の交換だ。私たちアンドロイドは各部の排熱を適切に逃すために、全身にクーラント液を循環させている。しかし妹はクーラント液に間接保護オイルが混ざってしまう初期不良を抱えており、その混入量は濾過器の濾過能力を超えていた。そのためクーラント液が汚れて少しずつ粘度を増し、冷却性能を失い、ほかっておけば熱暴走に繋がる。それを防ぐため、私が粘度を増したクーラント液を半分引き受け、浄化したクーラント液を妹に注ぎ込むという作業が必要なのだ。

「じゃあおねぇちゃん、口、開けて…。」

言われるがままに口を開ける。クーラント液の注入口は咽頭にある。デザイン上もともと空いている穴なのだから、そこに各種注入口を揃えておくのが合理的だとの判断だそうだ。クーラント液の他にも間接保護オイル、燃料、補修用凝固液などさまざまな液体の注入口が咽頭にあるので、クーラント液の交換をしやすいようにそれのみを前に出す。

座っている私の口に膝立ちの妹の口が重なり、妹の口からクーラント液がたらたらと流れ出す。粘度メーターが反応し、入ってきていることを確かに感じる。不均質では性能を発揮できないクーラント液を均質に混じり合わせるようにと、サーキュレーションポンプがうなりを上げる。するとそちらにエネルギーが費やされるため、必然思考回路はクロックを落とす。すぅっと意識が遠のくような感じがし、目の前にぱちぱちと星が舞う。きれい。

「ん……。終わった…。」

妹がそう言って私の上から退いた。

「クーラント液が減っているのだから、あまり動かず横になりなさい。すぐに綺麗なクーラント液を注いであげるから。」

私がそういうと、妹は「うん、ありがと」と言って仰向けに寝転んだ。妹のクーラント循環路はセーブモードに移行し、足は動かないだろう。腕ももしかしたら動かせないかもしれない。無抵抗な妹を前に、思考回路にノイズが乗る。違う。これはただクーラント液を交換しているだけだ。嫌な思考を振り切るようにして、言葉を発する。

「じゃあ、注ぐから口開けて。」

妹は従順に口を開けて待ってくれている。口をそっと重ねて、先ほどクーラント液を受け取った注入口から自分のクーラント液を流し出す。それが妹の口に吸い込まれていき、クーラント注入口へと届く。妹が「あっ…」と小さい声を漏らす。なにかあったのかと不安になり、一度注入を止めて、訊ねる。

「どうしたの?変なところにはいった?」

「ううん、そうじゃなくて、おねぇちゃんのクーラント液、あったかいなって思ったの。」

「それは稼働しているのだから当たり前じゃない。いや、メアも稼働しているのだし、温度は変わらないから感じないはず。」

「あはは、そうだよね。勘違いかな。」

「勘違いよ、きっと。」

「でも、ほんとにあったかかったんだよ。」

真っ直ぐな瞳でそう言われると、一瞬固まってしまう。思考回路に負荷がかかり、オーバーヒートを防ごうとサーキュレーションポンプが活動を高める。それを隠すように、わざと声を張って言った。

「ほら、馬鹿なこと言ってないで口を開きなさい。続きやるよ。」

「はーい」

妹は甘えたような口調でそう返事して、再び口を開いた。さっきと同じように口を重ね、続きを行う。

こんな生活を5年は続けてきた。直らないのか、妹を何回か医者に行かせたが、妹が言うには直せないらしい。妹が嘘をついている可能性も考えたが、わざわざ体に負荷をかけ続けるこんなことを続ける意味がない。それこそ、このクーラント液の交換が好きとかでなければ。いやいや、そんなはずはない。そんなことを考えてしまった自分が恥ずかしい。自分の中に、これを好きだと思ってしまった自分がいることを自覚して、情けなくなる。そう、これは妹の初期不良に対する処置なのだ。それ以外の気持ちを持ち込むなんて、冒涜だ。だから考えないようにしなくてはいけない。

そうこうしているとクーラント液量メーターが規定値を差し示した。妹への注入が終わったのだ。注入口を戻し、そっと口を離す。妹はよこたわったまま私を見上げて、いたずらっぽい声で言った。

「最後のほう、すっごい熱かった。何か考え事でもしてた?」

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